走ることについて語るときに僕の語ること/村上 春樹
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村上春樹が

来年還暦を迎えることを

彼の小説を読んでいるときは

まったく忘れてしまう


それほど

彼の文体は

年齢を感じさせない


若いというのではなく

年がわからない

という感覚



このエッセイは

村上春樹自身

初めて自分自身について

真正面から綴った

というとおり


59歳の年齢と戦う彼がいる




人間は誰でも老いる

これは絶対に避けられない


僕もある年齢を超えてから

老いるという感覚と向き合っている


若いか高齢か

という線引きに

きれいか醜いか

という基準をあてはめれば


それは人それぞれ好みもあるだろうし

うまれつきの問題でもあるから

残念ながら

若くても醜い人がいたりする


僕のもっとも気になる

絶対的基準は

人に不快感を与えるか否か

という線引きだ


きれいでもぶさいくでも

人間、老いれば

加齢臭があらわれ

セキも痰も出る


どうあがいても

老いた人間は若い人間より

不快だ


ただ、それをいかに他の人に

不快感を与えず

自分の中に閉じ込めておくか

これを大事にしたいと思っている




僕は幸い車通勤なので

満員電車に乗ることはないが

「匂い」というものにはいつも敏感でいたい


朝はシャワーをして

軽く香水はつけたい


髪の毛を洗わずに会社に行くのは

絶対にありえない


前の日に焼肉を食べたり

お酒を飲めば

デンタルフロスで歯の間まで磨く


胃の中までは磨けないから

人と近くで話すときには

ガムをかんでいく




そういう注意は

若いときよりは意識して気をつけている


若いときは

そのまま

ばたん

と寝て、起きてすぐ会社にいっても

あまり不快感は与えなかったが


いまはそうはいかない

いくつかの儀式のステップも

だんだんと増えてくる


しわが増えても

歯が抜けても

少なくとも

隣の人に迷惑がられない老い方

そうありたいと思う